映画鑑賞記「たかが世界の終わり」

公開日 2017年03月01日

たかが世界の終わり

監督:グザビエ・ドラン 
原題:Juste la fin du monde
製作年:2016年
製作国:カナダ・フランス合作
上映時間:99分

自分の余命が短いことを知り、それを伝えるという理由で12年ぶりに故郷に帰るルイ。迎えるのは、久しぶりに会う息子のために過剰に着飾る母、小さな頃に別れたきりの兄を慕うマリファナ漬けの妹、神経を苛つかせている兄・・・


なぜ彼が家を出てそして12年も帰らなったのか、この家族にその時、そしてその後に何があったのは一切語られない。
ただ、多用されてい表情のクロースアップから、彼らが抱えるものの大きさと複雑さを感じるのみだ。
全てが観客である私たちに委ねられているところは本作の魅力のひとつだといえる。

家族とは何か。
本作オープニングではいきなり「家は心を休める港ではない 」と、歌が流れる。

ルイは、 自分の死を間近にして、家族がその苦悩を共有してくれることを期待したはずだ。
しかし、家族といえど、自らが与えること、求めることをしないなら、それぞれは、各々が欲しいもの、見たいものしか見ない。では、家族とはいったい何なのか。
私はそのうようなことを考えながら観たが、そうではなく、溢れるほどであるがゆえに、きれいにまとめられない家族の愛だという人もいるだろうし、カインコンプレックスを見る人もいるだろう。家族というしばりが苦悩を大きくしている、呪縛だと感じる人もいるだろう。

作り手の意図をそのまま受け止められる作品と、観る側の来し方によって受け取り方が全く変わる作品とがある。本作品は間違いなく後者であり、鑑賞後に何度も思い起こして考え、自分ともじっくり会話をする機会となる作品だ。

2017.2.26鑑賞 by K.T.