公開日 2023年05月25日
原題：Tar
監督：トッド・フィールド
製作：2022年／アメリカ／158分／G
世界に名だたるベルリンフィルの初の女性主席指揮者として、また、作曲家として栄光の絶頂にいるリディア・ター。同性のパートナーと、養女との家庭生活も仕事も完璧な彼女の世界が少しずつ綻びていく・・・
舞台は、ベルリン。クラシック音楽界だ。今では女性の楽団員は普通だし、コンサートマスターが女性であったりするのだけれど、実際のベルリンフィルに女性楽団員が採用されたのは1982年。名門ウィーンフィルにいたっては、1997年だそうだ。
そんな世界で、オーケストラを従え、自信に満ち溢れて振る舞うターは、傲慢でも魅力的だ。
彼女の、自分勝手なモンスターぶりはたっぷりと描かれる。気に入らない学生や部下、そして子どもにまで容赦しないパワハラ（？）。それでも、まだ魅力的なのは、この地位に上がるまでにどれほどの戦いがあったか、今も（おそらく）精神安定剤が手放せないその心を想像してしまうからだろうか。
これが男性が主人公であったならば、ただの「時代錯誤のオヤジ」で終わってしまうと思うのだが、ジェンダーという枠を取り払ったその上で、人が絶対的な権力を持つことの怖さがわかる。権力の頂点で思い上がり、頂点だからこそ追い詰められる。そうして頂点から音を立てて転落していく・・・という物語の流れなのだけれど、本作は実はそんなに簡単な作りではない。冒頭からミステリーのようであり、サスペンスも、そしてホラー要素までが綿密に仕込まれている。色味が少なく、不可解な音や不自然な空間と角度の画面が緊張感をあおり、それらと、回収されない伏線は様々な想像を掻き立てる。さらに薄暗い画面の中にはよく見ると悲鳴を挙げたくなるような場面も・・・。ターの精神が追い詰められているさまが、ヒリヒリと伝わってくる。私たちが目にしているのはここで起こっていることなのか、それとも・・・？
ラストは、私はハッピーエンドなのだろうと解釈するけれど、人によって受け取り方は違ってくるかもしれない。それほどにエレメントが多い作品なのだ。
158分という長さを感じさせない、映画館で観るべき濃密な作品。音楽ももちろん素晴らしいし、そしてケイト・ブランシェットの演技が秀逸だ。
2023.5.13鑑賞 by K.T