映画鑑賞記「彼らが本気で編むときは、」

公開日 2017年03月12日

彼らが本気で編むときは、

監督・脚本:荻上直子 
製作年:2017年
製作国:日本
上映時間:127分

育児放棄気味の母と暮らす11歳のトモ。ある日、その母がトモを残して家を出て男のもとに行ってしまう。
実はこれが初めてのことではないらしく、トモは前回と同じように叔父のマキオの家に行くのだが、マキオはトランスジェンダーのリンコと暮らしていた。
リンコはトモを暖かく迎え、最初は戸惑っていたトモもリンコの優しさと凛とした生き方に触れて3人は本当の家族のようになっていく。

「体の工事は終えた」トランスジェンダーのリンコを演じる生田斗真の演技がまずとても素晴らしい。
様々な苦労を飲みこんで凛として生きるリンコの姿がいっぱいのリアリティで伝わってくる。
リンコは本当に美しくて、さらにそれを自然に受け止めるマキオ。二人の姿がとても素敵だ。
マキオの、「リンコさんのような人に出会ったら、男だとか女だとか、そんなことはもうどうでもよくなっちゃうんだ」
というセリフが印象的だ。ジェンダーなんて、自分の好きな時に選べるようになればいいのに。、

LGBTのことだけではなく、家族、とりわけ母と子の関係についても考えさせられる。
心は女性なのに男の体に生まれてしまったリンコを母親は全て受け入れて全力で支える。その愛情はリンコの美しさを形成するもののひとつであり、優しさと愛情をリンコは周りに、特にトモに与えることができる。
翻ってトモの母親ヒロミは、母を若いころから嫌っており、その母親もヒロミにはきつくあたり、そしてヒロミは「母である前に女だ」と言って子どもを置いて家を出ることができる。
母親としては、どう考えてもリンコのほうが相応しい。
けれども、母と子の繋がりは、そういうことだけではないのだと、無意識にトモやヒロミの唇からもれる子守唄に気づかされる。
また、もう一組の親子、息子と母親も、トモのところとは違った形でリンコ・リンコの母と対象的に描かれている。
この母と息子、トモと母と祖母の母子の繋がりには息苦しさを感じる。
「どうして母親らしいことをしてくれないのか」と問うトモに「わからないのよ!」としか答えられない母親が痛々しいし、それでも母の許に帰りたいというトモがさらに痛々しい。
ジェンダーからの自由。血の繋がりからの自由。
作者はあえて同じ文脈で語ったのかもしれない。

そんなふうに、静かな映像の中に、様々なメッセージが感じられる作品だ。
しかし、そのようなメッセージが意識的に見えてくるのではなく、何気ない自然な会話のひとつひとつが心に響き、ゆったりとした情景に入り込んでいくうちに、気がつくと涙が流れていてハッとするというような作品なのだ。

観終わったあとも、ゆっくりじんわりと余韻を感じられる素敵な時間をもらえた。

2017年3月4日鑑賞 by K.T.