映画鑑賞記「ファースト・マン」

公開日 2019年02月20日

ファースト・マン

監督:デイミアン・チャゼル
原題:First Man
製作年:2018年
製作国:アメリカ

アポロ11号でニール・アームストロングが月面に立つまでの話だ。とはいうものの、本作には、その偉業をたたえるような華々しさはない。
たとえば「アポロ13」のようなものを期待して映画館に行くと肩透かしのような気がするかもしれない。

物語は、1961年、ニールがテストパイロットであったころから始まる。幼い娘の死を経験し、アポロ計画につながるジェミニ計画に応募、過酷な訓練と困難、同僚の事故死を越え、アポロ11号で人類初の月面着陸を目指す。

これは人類が初めて月面に降り立つという挑戦の物語ではあるけれど、その中心は、セリフでは多く語ることのないニール・アームストロングの内なる物語だ。

ニールがジェミニ計画に応募するきっかけとなったのは、長女カレンの死の影響が大きい。作中に説明はないが、カレンの病名は、DIPG。小さな子どもにみられる悪性の脳腫瘍だ。現在でもどんなに早期に発見されても有効な治療法がなく、2年を越えて生存することはほぼないという希少疾患だ。

音速に挑戦するテストパイロットであったニールが、科学の、人間の力がまったく役立たないということ、その無力さを思い知らされたときの気持ちはいかばかりだったであろう。カレンの病気について書き留めていた小さなノートを閉じるニールの表情が忘れられない。

科学の敗北を痛感し、そこから、当時は人の力の外側であった宇宙に行くことによって、その無力な科学に対して自分自身が戦いを挑もうと思ったのだと私は感じた。それは科学とは反対のものにたいする挑戦であり、彼の内にある埋めようのない喪失にたいする孤独な挑戦なのだと。

月面に降り立ったとき、きっと彼はカレンに語りかけたはずだ。「パパはやっとここまで来たよ」と。

ニールのセリフはとても少なく、物語の説明も少ない。でも、言葉が少ないからこそ伝わってくるものがある、そんなことも思わせる作品だ。

月とは関係がなさそうなことを書いてしまったけれど、訓練や乗り組みの様子はもちろん、ジェミニ計画からアポロ計画、ソ連との宇宙競争など、大きな枠組みの中で、宇宙飛行士一人ひとり、ひと家族ひと家族がそこに生きていた様子が等身大で描かれていると感じた。そう感じるのは、映像の効果もあるかもしれない。

この作品では16ミリフィルムと35ミリフィルムを使い分けているらしく、16ミリフィルムの映像からは時代の空気のようなものも伝わってくる。月面着陸をしたのが今から50年も前のことなのだということ、今でこそ民間人が「月に行きます」といえるような環境だが、それがとんでもない挑戦であり、並外れた決意と勇気が必要であった時代であることが、その空気感から感じられるのだ。それからまた、クローズアップを多用したカメラワークにより、観客である私たちもニールやアポロに乗り込む宇宙飛行士たちに同化しているような気になり、映画に参加するような緊張感を味わう。(その緊張感だけでなく、ロケットに乗り込む場面では、振動や空間の息苦しさも強く感じられて、「絶対に宇宙になんか行きたくない!」と私は何度も思った・・・。)

これはぜひDVDではなく劇場で。しかもできれば、IMAXや4Dでの鑑賞をお勧めします。

2019年2月9日鑑賞 by K.T