映画鑑賞記「ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ」

公開日 2020年10月30日

ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ

製作:2019年・アメリカ
原題:THE LAST BLACK MAN IN SAN FRANCISCO
監督: ジョー・タルボット
120分

サンフランシスコで生まれ育ったジミーは、昔自分が住んでいた、祖父が建てた美しい家を大切に思っている。現在の住人が家を手放すことを知り、その家を再び自分のものとしようとするのだが・・・


不思議な美しさを持った作品だ。
魅力的な映像と音楽。ストーリーはあるにはあるのだけど、物語として成り立っているようないないような・・・でも、観終わったあと、なんともいえない余韻が残る。

生まれ育った街、サンフランシスコが変わっていき、どんどん自分から離れていく。
繋ぎ止める拠り所は、「祖父が建てた家」だ。それに縋っていると言っていい。それを手に入れようとするが、結局思い通りにはならない・・・
自身の体験に基づいたというこの作品は、監督がインタビューでも語っていた通り、とてもパーソナルなものなのに、心に強く響く。

それは、郷愁~幼い頃にあったと感じている無邪気な幸せやあたたかさといったものを私たちは大人になるにつれて手放し、失っていくということを感じさせるからだろう。
現在の状況が厳しければ厳しいほど、「あの頃」がまぶしく、そこに戻れたらと強く願うものだ。もう戻ることはできなし、そもそもそんなものは存在しなかったかもしれないのに。
私は、本作のそんな感情的なところにまず惹かれたのだけれど、その「喪失」は、そういったエモーショナルなことばかりではない。

舞台となっているサンフランシスコは、シリコンバレーに隣接しているためアメリカでもっとも裕福な都市のひとつとなった。貧富の差の広がり、住宅の価格の急騰によりそれまでの住民は親しんだ家を地域を街を離れざるを得なくなっている。本作にたびたび出てくるバス(バス停)も、汚染された海の話も、追いやられた人々の実際の状況であり、そしてそれはこの街に限った話ではない。世界中で大きくなっている格差の問題なのだ。

エモーショナルなものがあるから、好き嫌いの分かれる作品になるだろうけれど、個人的な、詩的な美しさを持ちながらも、格差社会の深刻さを訴えることができている良作だと思う。

最後のジミーの船出。海は不穏にうねっているけれど、でも、現実と向き合ったその先に進んでいこうとする希望の船出でもあると、私は信じたいのだけれど、皆さんはどう思うだろうか。

2020.10.22鑑賞 by K.T