映画鑑賞記「83歳のやさしいスパイ」

公開日 2021年07月28日

83歳のやさしいスパイ

製作:チリ・アメリカ・ドイツ・オランダ・スペイン合作 2020年/89分
監督:マイテ・アルベルディ

高齢の男性の求人に応募した83才のセルヒオ。その仕事は、老人ホームに入居者として潜入し、ある女性が「虐待されているかもしれない」という疑惑を極秘調査すること!

デジタルデバイスに不慣れなセルヒオは、スマホの機能を駆使しての記録や報告、そしてスパイにつきもののペン型や眼鏡型のカメラでの記録に悪戦苦闘しつつ、対象の女性の周囲を観察し、ホームの状況を調査する。3か月に及ぶ潜入捜査の最後に彼がした報告とは・・・

本作は、第93回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞にもノミネートされたドキュメンタリーだ。本当にドキュメンタリーなの?と思うぐらい、映画として、とても良くできていることに驚く。

舞台となっている高齢者施設には、映画の撮影の許可は取っていて、セルヒオも入居者たちもカメラが回っていることはわかっている。でも、セルヒオは自分の潜入は映画とは関係ないと思っているし、入居者たちはセルヒオのことは新しい入居者だと信じている。

とにかく登場人物が素敵だ。何より誰よりセルヒオが最高で、この人物が見つけられなかったら一体この映画はできたのだろうか?と思ってしまう。

セルヒオは、最初は与えられた任務を真摯に遂行しようとしている。その姿は、まじめで思いやりに溢れた彼の性格から(慣れないデバイスのこともあり)時にコミカルでそしてとてもとても魅力的だ。調査対象に接近するため、というところから入居者たちと交流を深めるにつれて、任務など二の次になっていき、そんなセルヒオの優しさが入居者たちそれぞれの思いを引き出していく。

恋心を忘れない、母親が迎えに来てくれるのを待ち続ける、記憶障害に苦悩する、死の時まで想いを詩に表す・・・老いについての映画もドキュメンタリーも様々あるが、83歳のセルヒオが私たちと彼ら彼女らの間に存在することで、それらをより身近なものとして感じることができるのだと思う。

セルヒオの最後の報告は、もったいぶることでもないのだけれど、一人一人に向き合い寄り添ったセルヒオと共にその気持ちを育てていくという経験を味わうべき、というか、その価値があると思うので、是非作品を観てほしい。監督は公式サイトで「映画館を出た後、親や祖父母に連絡したいと思ってもらいたい。そんな映画です。」とコメントしているが、私も観終わって、両親に会いにいかなくちゃ、という気持ちになりました。

 

2021.7.10鑑賞 by K.T